6月5日 晴れ
本日のBGM 中森明菜
前回 初期老人はよく体調不良をアピールするということを書きましたが、あれは体の衰えという自分自身の変化、または急な生活の変化などが起こって、
本人は自覚しないけど、その変化によるストレスに体の方は反応してて、その結果 体調が優れなかったり、気分が塞ぎ込んだりしてしまうみたいです。
そうすると本人は、この体の不調には何か原因があるはずだと、自分の体の悪いとこ探しを始めて いろいろな病院に検査を受けに行きますが おおむね健康だったりします。
これは老境に限らず、どの年齢でも起こることで、その人を取り巻く環境が変化すると、意識の段階では無自覚でも、どうにも気持ちが塞いだり、体がなんか気怠いというような、心身の不調が表面に出てきているもので、五月病とか マリッジブルーとか 季節の変わり目とか、そんなやつの正体は だいたい環境の変化によるものです。
さらにこの環境の変化によるストレスは人間に限ったことではなくて、近所の猟師さんが言うには 、1日の気温差が激しい時や、毎日天気が変わる時期などは 猟犬たちも元気がなくなり、食欲も不振になるそうです。ということは生き物というのは本来 環境の変化がとても苦手ということですね。
なので「なんか知らんけど だっるいなー」とか「なんか しんっどいわー なんか。なんか しんどいねん」という時は、原因は自分にあるのではなくて、周囲の変化や時の流れによることが多いですので、これはもうどーしよーもないってことで、とりあえず周りのせいにしておいて 極力何もせずアンニュイ気分を満喫してるのがいいんじゃないでしょうか。

さて そんな体調の悪さをずっと日記に書いていた藤原定家(ふじわらの ていか)ですが、彼の生きた時代は大きな変化が相次いで起こっていました。
定家は平安時代の末期に貴族の家に生まれて、このまま自分は優雅に生きていけると思っていたら、貴族を押し除けて武士である平家がどんどん登り詰めていって世は平家の天下に。
と思っていたら源氏が兵をあげ、それでも平家の圧倒的有利とされていたのに、あれよあれよという間に平家が崩壊、今度は源氏による鎌倉幕府が誕生しました。
しかしその源氏も、北条家により初代将軍は暗殺され、2代目は伊豆に幽閉されたのちに暗殺、その跡を継いだ3代将軍 実朝(さねとも)は当時わずか12歳で、政治は北条家が執り行うようになりました。
実朝は宮廷文化に傾倒し、歌の才能もあったため、定家による和歌の個人レッスンを受けていました(実朝から送られてくる和歌を、定家が添削して返信する、という手紙のやり取りを繰り返していたもので、実際に会うことはありませんでした)が、
その実朝も成長して政治に関わるようになると暗殺され、源氏の血をつぐものはいなくなり、鎌倉幕府は完全に北条家のものになります。
そこに目をつけたのが、かつて定家と意気投合したけど なんか方向性が違って「愛するが故に憎い」的な関係になっていた後鳥羽上皇(ごとばじょうこう)で、
「今こそチャンスや!政治をわいらの手に取り返すんやー!」と鎌倉幕府に戦を挑んだのが承久の乱です。
結果は幕府サイドの勝ちで、後鳥羽上皇はペナルティとして隠岐島(おきのしま:島根県の沖の方にある島)で引退後のスローライフを送ることとなり、朝廷の威光は衰え、政治の中心は完全に武家のものとなります。
このように定家の生涯ではそれまでの価値観が全く変わってしまうような、まさに歴史的な大事件が何度も起こっていて、それによる環境の変化と、もっときつい価値観の変化によるストレスが「体調悪いわーしんどいわー飯食えへんわー」という自覚症状に現われていたのではないでしょうか。
そしてこの大きな変化、特に価値観の変化は 現代でもガッツリ起こっていまして、もし未来の世界から現代を振り返った時、今の年代というのは歴史の大転換点と言われるかもしれません。
特にインターネットの出現は確実に世界を変えましたし、近いところだとコロナウイルスの登場は人との交流のあり方を変えてしまいましたよね。
部署移動とか海外旅行前とか、そういう身近な変化であれば 「自分の不調もそこが原因かな?」と推測しやすいですが、一見自分とは関係なさそうな 大きな枠組みの変化でも、体は影響を受けているみたいです。
なので原因不明な体調不良を感じた際には、「今なんか だっるいけど、これは私の鋭敏なボデーが、社会全体の変化を繊細に感じ取ってしまって こうなっているのよきっと。だからこれは言うなれば人類全員の責任。私は人類のために世を儚んでしまえるポエットなのよ。うらら〜」なんて思ってれば ちょっと健康になるんじゃないですかね。まあちょっと うっといですけど。
さてさて 鎌倉幕府に戦いを挑んで敗れた後鳥羽上皇ですが、彼にスポットを当てると、定家の方にも今までとは別の角度から光が当たることになるので、次は後鳥羽上皇の話に続きます。

高鶴裕太 コウヅルユウタ
陶芸家
1991年生まれ
2013年横浜国立大学経済学部卒業
上野焼窯元 庚申窯3代目
