2020/11/12 09:36

本日のBGM Yung Heazy - Cuz You're My Girl


おとといは福島県の相馬焼に行って、昨日は同じく福島県の会津本郷焼に行ってたんですけど、どちらも大変面白くて、上野焼にも活かせるテクニークがいっぱいあって、いいものを真似しないというのは失礼にあたると思うので 堂々とパクろうと思うんですけど、

会津本郷焼は上野焼よりも10年ほど歴史の古い1593年からある陶芸の産地で、最初は瓦作りから始まって、そのうちに美濃焼の陶工を招待して器も作られるようになったのですが、

一方で200年ほど前に、大久保陶石という磁器の原料も本郷村で産出してることがわかって、会津藩は有田焼に産業スパイを走らせて 陶石から磁器粘土を作る方法を獲得して磁器作りも始まって、それ以来陶器も磁器も作るようになったという珍しい伝統工芸産地でございまして、

産業スパイと書いたのは 当時の焼き物関係の技術っていうのは実は結構 重要情報で、藩ごとに厳重に管理されていたんですね。特に中国で初めて作られた磁器なんかは世界的に人気で、

白い器を作るために様々な国が創意工夫して、その結果 磁器は作れなかったけど その土地にあった陶磁器の技術が進展することになりましたが、もし製造方法を盗むスパイであることがバレたら打ち首になっちゃってたそうで、会津藩の陶工は無事に技術を持ち帰ることができたのでグッジョブってことですね。

「そんな時代もあったけど今はインターネットで産地が自ら作り方を公開してくれてるから便利な世の中よね〜」と窯元の人が言っていました。私も大変にその辺の恩恵を受けております。


そんな会津本郷焼は碍子、カタカナで書くとガイシ、電線で使われるやつ、絶縁体の役目、の生産もしてて、私はこういう工業製品が好きなので 作ってるところが見れてとても嬉しかったのですが、この碍子は100年ほど前に有田の香蘭社で初めて作られて、

画像1

画像2

有田から世界中に輸出してたわけですが、昔も今もネックになるのは輸送費でして、碍子は単価が安くて重いから1箇所の拠点からの発送では割りに合わないってことで、有田焼の香蘭社と会津本郷焼の窯元が業務提携して、香蘭社の碍子というパッケージで磁器の碍子を作るようになったそうです。工場生産なので全部デカくて素敵でした↓ 

画像3

画像4


大久保陶石は単身では割れるので色々混ぜて磁器土を作るみたいです。↓下のは蛙目粘土で、これも混ぜるそうで、ドレン機をかける前の絞り機にかけた段階のを名古屋から買ってるみたいです。ミルにかけちゃうからそれでOKってことですな。

画像5


そんなミルもデカくて、一回で2トン回せるそうです。

画像6


大久保陶石はちょっと黄色っぽい

画像7

ミルにかけた粘土は液状のまま脱鉄機にかけて鉄分を抜いて(絶縁体にしなきゃならないので)絞り機で水を抜いて

画像8

それから土練機にかけるわけですが土練機もでけえ↓

画像9

なげえ↓

画像10

ガイシ一個分で切っているそうですがこう見るとガイシ一個でかなりの量ですね。

画像11

それがこうなって↓

画像12

↑右の機械で切られてこうなって↓

画像13

画像14

一つ一つバリを削ってスポンジでなめしていました。思ったよりもかなり手作業の占める割合が多かったですね。女性一人当たりで5〜600個ほど1日で仕上げるそうです。

画像15

この形がかっこいいからガイシを買いたかったのですが、香蘭社の版権になるから売ることができないそうです。しょうがねえから自分で作ろうかしら。

画像16

その他のタイプも。手元で見ると意外と大きかったです。

画像17

こういう回転体の方がやはり量産に向いてるみたいで、こちらの方が数を多く作れるとのことでした。

画像18

最後に 陶芸体験の作品もめちゃくちゃあるそうで、というのも普通の磁器土って手捻りに向かないから陶芸体験できないんですけど、大久保陶石の磁器土は半分陶器みたいなもんで すごく作りやすいんだそうです。

それでどれがどの人の作品か分からなくならないように、棚足に呉須で名前を書いて焼いているそうです。いや〜これは大変ですな。

画像19

今日はもう帰るだけなので気楽な帰路なのです。


高鶴裕太 コウヅルユウタ
陶芸家
1991年生まれ
2013年横浜国立大学経済学部卒業
上野焼窯元 庚申窯3代目